2007年07月20日

夏空の下・君の横顔、夕日の向こう



Having looked the sun falling, she kept saying nothing.
She had sat down on the block, and just said "It's so beautiful."
It's like heaving a sigh, and I saw her face.
She also take her face to me with a wry smile.
"Dont' you think so?" she said, taking her look back to the red sky.
"Do you really think so?" I returned a question.
She looked she did not see the landscape,
looked she may remembered something.
"Things which are beautiful always are in memories, isn't it?"
She said nothing. I looked forward again.
The sun had set already.






Talks about the "CRAZY-FARM" days.


情報に支配された現代都市、その発展の中で置き忘れられていった物達。
それらを取り返そうとする流れが生まれたのもそう昔のことではない。
ヒトの中に眠っていた、自然と共に生きる動物としての本能が
我々を美しく豊かな自然と共にある暮らしへ憧れを抱かせる、
そう語る者も今では珍しくない。

しかし、人間が自然を作り替え、自然を利用し、支配し始めたのも、
昨日や今日の話ではない。現代都市に生きる人々は、どこか自然への
憧憬を抱きながらも、それらに対してどう接すればよいのか分からず
戸惑っているように見えることもしばしばだ。

スローライフ、LOHAS、それらの言葉は我々が造り出したに過ぎない、
本当のそれとは似て非なる想像画のようなものでしかない。
だとすれば真実の"自然との暮らし"とは何なのか。



***


人は失敗から学ぶものであり学習能力のない人間は猿以下であることが
進化生態学的にも証明されているというのに自らを再び失敗へと追い込む
ような真似を行うのはいかにも愚かしいことだと俺も思うさ。それ故に、
という訳では決してないことを予め言っておくが、実習出発日の朝の俺の
部屋には俺の他に二人の人間が寝転がっていた。単純計算で、三人ならば
寝坊して遅刻する確率も三分の一になる訳だが、逆にそういった打算的な
考えを無理矢理構築してしまう自分自身に情けなさがこみ上げて来るね。
頭を振って虚しい考えを捨て、身支度をしてから三人で学校へと向かう。
定刻に出発したバスは、まだ少し眠たそうなクラスメイト達を乗せ、
農場へと向かってゆるやかに走り出す。


二回目の農場実習は、こうして静かに始まった。


農場への一時間半ほどのドライブは決して快適なものではなく、むしろ
補助席まで利用してキャパシティぎりぎりまで乗車したバスは明らかに
他車の通行の邪魔になる程度の速度でしか走行しないため、そのうちに
バスの車内は静かになっていき、やがて眠気に包まれたのだった。
農場に到着すると、宿舎へと荷物を置いて直ちに更衣、出撃。

台風四号は既に東日本へと攻撃対象を変更済みで、加西の空は雲の間に
青い空が見えている。じわじわと上がる気温に顔をしかめる一同に対し、
しかし告げられた一日目の作業内容はその顔をさらに歪めるのに十分な
ものだった。

実習とは名ばかりの農業従事活動ではないか、と呟いた誰かの溜め息は
学科の総意を適確に表現しており、おそらく農場の仕事の中でも最高に
退屈なものであろう草むしりを言い渡されたクラスメイト達は、次第に
むしった草を投擲して投げ始めたり。教官はそれに対して顔を顰めたり、
ぶつぶつ文句を言いながらも凄まじい勢いで雑草を抜き散らかしたり。
やがて日も傾き始めると、一日目の実習の終了が告げられた。

時に、実習の終了が意味する所はただ単に農業活動の終了だけではない。
直ちに宿舎へと走って帰り、夕飯の不味い弁当を掻き込むのもそこそこに
ユニフォーム姿に着替えた面々は空き地でサッカーを始めたのだった。
それはEl Classicoのホイッスルにも似て、そして終了の笛の代わりに
夕日が地平線の彼方、山の稜線へと沈んでいった。

とっぷりと日も暮れ暗くなったど田舎、夏の虫が静かに自己主張する中、
だが宿舎の食堂だけは喧騒に支配されていた。学科による研究室会議も
すぐに閉会され、即宴の開会が告げられる。同じく実習に参加している
工学系の学科のメンバー達も巻き込んで今期最強、いや最狂の宴会が、
丑の刻まで続けられたのだった。

唐突に強制胴上げを始めたり、拘束された者に酒を浴びせかけたり、
無意味に相撲を始めてみたり、水風船爆弾戦争が勃発したりと、
混沌とはこういう風景をして指すのだろうと言うべき時間が、
歓喜と悲鳴と失笑と、様々な感情と共にそこにあった。
こんな素敵な時間が過ごせるだけで幸せだね。


***


二日酔いで顔の青い者、完徹で欠伸が絶えない者、普段通りの顔の者、
殴っても蹴っても起きない者、その誰もに平等に農場の朝はやってきた。
それと同時に実習の二日目が始まる。

実習二日目の午前・午後、それに三日目の午前中の時間を利用して、
三つの仕事を三班に分かれローテーションで行うことになった。
その仕事の内容はというと果樹園での作業、トラクター運転実習、
そしてジャガイモの箱詰め作業。一日目の草むしりに比べると
格段に作業内容が楽になっていることにたいしては誰も言及せず
単に胸中で歓声を上げるだけに留まっていたという点に関しては
このメンバーで過ごすのも三年目かという念を抱かせられたね。

果樹園での作業は、柿の摘果作業。しかしそれもすぐに終了し、
教官が青空教室と称するディベートが行われた。議題はというと
コンピューターで制御された光・水・温度環境下で栽培される
工場製農作物の是非についてというものであり、賛成派否定派に
分かれ様々な議論を交わした。利点は安定した供給が望めること、
欠点は主にコストがかかるということであり、教官は資金の潤沢な
中東地域では発展が望めるかもしれないという意見であった。

しかし俺はというと
「毎年作物の出来が均一化されると料理のしがいがなくなるし
 毎年同じ味のワインなんて飲みたくねえ」
という旨の発言をしたばっかりに、教官から「お前は学科の色と
違う考え方をするな」と興味を持たれ、他の班の議論の際にも
名前を出されるというアレな待遇を賜る。微妙な心境なんだぜ?
まあ人と違うと言われたのだから喜んでも差し支えはあるまい。

トラクター作業は文字通りトラクターを運転するだけという、
最初のワクワク感と終わった後の空虚感のギャップの激しさを
味わうという珍妙な趣味を持った者でもなければ満足感の得難い
実習内容ではあった。周りの人々は既に運転免許を持っていたため
すんなり運転していたが、免許を持たない俺はさっぱり分からず
右往左往…という展開には、意外にもならなかった。

若いセンター員の兄ちゃんに免許について聞かれたので、正直に
持っていないと答えるとじゃあ車は全然分からない?と聞かれる。
そんな事はない。ミッションの原理くらい理解しているつもりだし、
ゲーセンのカーゲーム筐体は俺の貯金箱だ、そういう発言をすると
じゃあ大丈夫だろうということで割と自由に運転させてもらった。
調子にのることはせず大人しくやっているとそんだけ運転出来れば
十分だと言われる。バックの方向転換も問題ないとのお墨付き。
ちょっと喜ぶ。

しかし安全上、速度は一定以上は出させてもらえず(免許関係無しにね)、
最大戦速を出したい衝動に駆られるが、我慢したぜ。人生初の(!)実戦
運転ではあったけれど、ゆい姉さんのようにハンドルを握ると人格が
変わるようなことはなかった。多分。

ジャガイモの箱詰め作業、これは大学の農場で育てた珍しい品種の
馬鈴薯を売り出すという計画の一端を担うものであって、重さを
計って箱を作ってそれに詰め品書きを挟み込むという流れ作業。
なぜか次第にヒートアップ、「速さが足りないッ!」とか言いながら
凄まじいスピードで箱詰めをしていた俺はある意味スピード狂。


実習終了、同時に着替えて外へ駆け出す野郎共の傍らにはサッカーボール。


外が真っ暗になるまで蹴球に興じた後は風呂に入って、また宴会である。
前日ほどの狂った勢いはなく(体力的な意味で)、比較的まったりと酒で
語りを加速させたりしていた。そのうちに皆散り散りになり、ある者は
髭面の小男を爆走させたり心理戦に負け財布を軽くさせたり飲み過ぎて
トイレを占拠して何故かひたすら礼を告げ続けるという行為に走ったり
つまるところカオス度合いでは前日に全くヒケをとってはいなかった。
そして狂乱の夜は更けてゆく。


***


三日目の午前中は再びローテーション作業、それが終了すると昼からは
「バターを作る」という実に家庭科的な作業を行い、出来た後は試食。
材料さえあれば楽に作れるため家に帰ってから自分でもやろうと決意。
宿舎の掃除と後片付けが終わる頃には迎えのバスが既に到着しており、
安く譲ってもらった馬鈴薯を抱え往路よりも密度の上がったバスに乗り
俺たちは六甲への帰路についたのだった。

当然のように皆はバスに乗り込むやいなや上眼瞼挙筋を収縮する努力を
放棄し眠りの世界へと旅立っていった。普段見られないクラスメイトの
寝顔を観察する余裕はおそらく誰にもなかったように思われるね。
二日間の狂乱の名残を微塵も感じさせない静けさに包まれたバスは、
キャンパスに着くと同時に俺たちを放り捨て、皆眠い目を擦りつつ
渋々山を降りたのだった。

山を降りる道では誰も喋ることはなかった。だがそれはきっと、
単に疲労が溜まっていただけでなく、実習を終えた満足感に
浸っていたのかも知れない。

無農薬だとか有機栽培作物とかヨガだとかセラピーだとか、
そんなものは作り物のスローライフに過ぎない。
田んぼだらけでコンビニもないど田舎で暮らしたとしても、
考えることが急激に変わったりはしないものさ。
大事なのは、その時間その時間を精一杯楽しみ尽くすこと。
都会だろうと田舎だろうと、それが出来る人にはきっと
余裕が生まれて、むやみに急ぐこともしないものさ。
そしてそれが本当のスローライフってものじゃないか?
駅前で皆と分かれ、自分の家に向かう道で、
そんなことを考えていた。

posted by iNut at 20:29| バンクーバー ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おつかれさまです●
あたしもうすでに実習の記憶なくて草むしりしたこととか忘れてたっ‥
Posted by kaori at 2007年07月21日 01:36
実習お疲れ様でした。

トラクターの運転は免許の有無じゃなくて、センスだと思うのです。
……いえ、別に自分が免許持ちなのにトラクターを暴走させたとかは関係なしにですね……

多分センスなんですよ。はい。
Posted by ふくのいゆず at 2007年07月21日 03:08
>Lostmemory
細部の記憶など些末なものです。
楽しかったという感情は、きっとずっと忘れませんから。



今俺良いこと言った!今俺すごい良いこと言ったよ!


>RushandDush
な、なんですかその悲壮感漂う独白は…

まあそのほらみwikiさんだってドジですけど
歩く萌え要素だとか言われてるしいいんではないかと
(微妙なフォロー)。
Posted by りー at 2007年07月21日 13:20
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