2007年11月29日

西方遊々抄 〜 Somewhere the Sun Never Falls.

緑の芝生、赤茶色の教会、青い空。
眩い太陽がそれらを強烈に照らし、
突き刺さる陽光に俺は思わず手を翳す。

そして気付いた。この国が眩しいのは、
何も太陽の所為だけではないことに。

目の前では世界で一番陽気な国民達が、
太陽よりもずっと眩しく輝いていた。

 †

ローマ中央駅からイタリアの国鉄でいう新幹線に乗る。徐々に速度を増し、古の都を離れる列車の窓の外の眺めは、赤茶色の人工のものからやがて緑と青の支配する自然の風景へと移って行く。日本のそれと比べても全く遜色のない整った車内を誇るイタリアの高速鉄道に乗っている間中ずっと、しかし俺は窓の外の景色に目を奪われたままだった。パニーニを売る若い男の声を聞きながら、オリーブと葡萄の段々畑が延々と続くその風景に、異国の風景というよりもなにか憧れていたものが目の前にある感激を感じ取っていた。雲一つない青空と日本とは比べ物にならないほど激しく強い太陽の光に目を細めると、延々と続く畑の向こうに、何かが見えた、そんな気がした。

そして約一時間程の列車の旅の末に辿り着いたのは、芸術の都として名高いフィレンツェ。あの中田英寿もかつて在籍したフィオレンティーナの本拠地、俺の旅の第二の目的地にして、俺の旧友が住む街だ。予め連絡していた手筈通りに、駅の構内の待ち合わせ場所で待っていると、一人の女の子がこちらに駆けてくる。「久しぶり!全然変わってないね!」膝に手をついて肩で息をしながら、彼女はそう言って笑った。

彼女の名前はHina。俺の中学時代のクラスメイトの一人だったのだが、中学を卒業する頃にロンドンへと引っ越してしまった。その後ネットで連絡を取っていたものの、それも数ヶ月と続かずに音信不通となっていた。それを今回、俺が旧友伝いに連絡先を尋ね、ロンドンを案内してもらおうと再び連絡を取ったのだ。しかし、てっきりイングランドで生活を続けていると思った彼女からの返事はこうだった―「私この九月からイタリアの大学に留学するの」。

そうして花の都と名高いフィレンツェでの感動の再会、というほどでもなかったのだが実に六年以上の歳月を経て会う女の子というのは思った以上に昔の面影を残していて、少しほっとしたというのが本音だ。ロンドンで高校、大学生活を送った彼女が果たしてどうなっているかというのは全く想像出来ず、とんでもない奴に変わり果てていたらどうしようとも思っていたからだ。しかし、実際のところ、会ってすぐに気がついた。彼女の優しく笑う表情に見え隠れする強い意志のようなものは、記憶の中の負けん気の強いHinaと同じで、そしてこれから何年経ってもきっと変わらない。彼女は、そういう子だった。

Firenze - strada.jpg

駅を出て、ひとまず街の中心、ドゥオーモを目指す。その間お互いの身の上を語りつつ、フィレンツェ観光の目玉である大聖堂を前にしても二人で昔話に花を咲かせてケラケラと笑っていた。九月の後半から学校が始まるという彼女もフィレンツェにやってきてまだ日が浅いらしく、二人で地図を見ながらあちらこちらを練り歩く。適当な時間になってから、彼女が街の人に教えてもらったというトラットリアへ昼食を取りに行くことに。

そうして向かったトラットリアのテラスで、昼間からワインを片手にパスタを食べている時も、デザートに甘いものを、甘いものは正義だと言いながらジェラートを食べながら歩いている時も、観光名所のポンテ・ベッキオを眺めている時も、二人はずっと話をしていた。お互いに元々快活でお喋り好きな性格をしている上に久々に日本語の通じる相手に出会い、さらに久々に連れができたということもあったのかもしれない。一人だとピザやパニーニばっかりになるしね、と言う彼女に激しく同意し、一人じゃ行きにくい場所へ行こうと決定。その前に、まあせっかくフィレンツェに来たんだし、ということで有名なミケランジェロ広場へと連れて行ってもらうことにした。

Firenze - P.zza Michaelangelo.jpg

フィレンツェの街が一望出来るその丘への道は大きく回る坂道と階段のずっと上で、中学の頃みたいに崖でも登るか、などとジョークを言いながら頂上を目指す。そうやって一番上の広場に登りきり、街を一望出来る高台から、ふと今まで登ってきた道を覗き込むと、そこにはペンキで大きな落書きがしてあった―"Do You Want to Marry Me!?"美しい町並みに添えられたそんな可愛いジョークに二人でひとしきり笑った後に、あれで誰かが本当にプロポーズしたのだろうか、いやでも英語で書いてあるし旅行者向けのジョークなんじゃないかなどと真剣に話しながら、ふと気がついた。彼女の会話、思考形式が、日本で会う人々とは少し違うことに。

俺のジョークでこんなに笑う人も珍しければ、まるで英字新聞を読んでいるときのような会話構成で喋る人と会うのは初めてだ。それもきっと、高校時代をロンドンで過ごしたという経験があるからなのだろう。それに気付いてから、俺は彼女にいろいろなことを尋ねてみた。日々の生活のこと、文化のこと、自分の出自と立場…彼女の口から発せられるその言葉は同年代の他の友人の誰よりも重く、それは彼女の今までの苦労とそれを乗り越えるための努力、そしてその経験を感じさせた。間違いなく、俺よりも遥かに上に彼女はいた。そうして二人の会話は今の自分と将来について、今抱えている問題などにシフトしていく。彼女の話を聞いて、自分の話をして、それらについて議論をして…久しぶりに激しい思考を巡らせたような気がする。

そんな深い話をひとしきりした後に、疲れたし甘いものでも食べに行こう、と丘を下ることに。しかし地図を見ながら道を歩いていた筈が、何故か人気のない静かな場所へ出てしまう。一体ここはどこだと訝しみながら二人でこっちだあっちだと言いながら歩いていると、いつのまにかフィレンツェ中心街からかなり離れた住宅地に迷い込んでしまう。しかし、細い道とゆるやかな坂道、塀の向こうから伸びるオリーブの木や家々の黄色い壁と緑色の窓のコントラストがとても綺麗で、心地よい風と傾き始めた太陽の柔らかい光と相まって、そこは本当に素敵な場所だった。Hinaはまだ自分の住む場所を探している身だったので、この辺りに住むことができたらいいな、と言っていた。俺もこんな場所に住めればそれだけでどれほど幸せな日々を送ることが出来るだろうと思った。そこは、天国だった。

街中を歩き倒し、時折街のあちこちにある教会の前で一休みしながら、結局文字通りフィレンツェの街を一周した。ストリートサッカーをやっている同年代の野郎共をフェンス越しに眺めながら(Hinaがいなければ真っ直ぐに突っ込んでいたことだろう)、お腹も空いてきたので通りかがったところにあった一軒のトラットリアへと入る。単にお客が多いからというだけの理由で入ったのだが、そこがもう本当に料理が美味しくて、フンギ・ポルチーニのサラダをはじめパスタも太刀魚のソテーも、そしてトスカーナのワインも、発狂するかと思うくらい美味しかった。美味しい料理で会話も進み、共通の音楽の趣味を見つけたり、中学時代の思い出や高校時代の話をして盛り上がる。イタリアの美味しい料理なんていうのは嘘だ。イタリアの料理はもはや料理ではなく、芸術だった。

美味しい料理とワインを飲んで気持ちよくなった後は、腹ごなしに街を散歩する。静まり返った夜のフィレンツェの街に、二人の歌うSunday Morningが響いていた。


 †


翌朝、彼女が起きるまでの間俺は一人でフィレンツェの街を散歩した。裏通りにある綺麗な花屋や、仕事の行きしなに出店でパニーニを買う男性、ハトに餌をあげる老夫婦など、そこには本当に飾り気のない、本当の美しい日常があった。日本で見かけるようなそれとは違って、あくまでも自然に流れているそんな時間がとても眩しくて、そんな街でこれから暮らすHinaを羨ましく思った。

CIMG1003.JPG

またも昼食をテラスでとり、ジェラートを舐めながら街の中を散策する。ガイドブックに乗っているようなフィレンツェ観光はいっさい出来なかったけれど(彼女はそれも勧めてくれたが、俺が嫌がったからだ)、その代わり街に住む人々の生活にほんの少しだけ溶け込めたような気がして、そんな旅がしたかった俺はそれだけで十分に満足出来た。何よりも美味しいものがこれだけ食べられたのだし。

その合間にロンドンでの話を聞いたり、何処に行くべきであるとか、イタリア国内もどこを巡るべきかということを彼女のイタリア人の友人に聞いてくれたり―彼女は英語は当然のように、そして驚くべきことにイタリア語も日常会話レベルで普通に喋っていた―いろいろなアドバイスをくれた。彼女自身もバックパッキングをしたことがあるらしいが、流石に俺ほどの軽装備、つまり、それほど大きくないボストンバッグ一つだけでヨーロッパを廻ろうなんて思わないと呆れていた。でも俺の行き当たりばったりな旅のスタイルに彼女も賛同し、私もついていこうかななどとぼやいていた。そんな彼女に、俺は何も言わなかった。俺が次の目的地へ向かうために駅へ行かなければいけない、と言うと、彼女もついてきてくれた。二日間ぶっ通しで歩き回って喋り尽くして、彼女も疲れていたかもしれない。流石に口数も減っていたが、それでも、何も言わなくてもお互いに考えていることが分かるような気がした。

そうして、次の目的地へ向かう列車の時間がやってきた。見送ってくれた彼女に、俺は黙って手を振るだけにしておいた。

Grazie miele, Hina. Chao!








posted by iNut at 18:58| バンクーバー ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 西方project | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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