2007年12月15日

西方山水詩 〜 High-tech Nature Wonderland.

山より流れ降りる幾多の川が、
街の中心を通って遠い湖へと流れていく。

悠々とした大河の両岸には
古くからの美しい建造物と、
近代的で斬新な建物が同居する。

最先端の技術が自然と共生する街、チューリッヒ。
他の街にはない独特の雰囲気がいたるところから
感じられ、永世中立国であるこの国の本当の姿が、
垣間見えた気がした。



"百の湖と森の国" スイス編、スタートです。



 +


ジュゼッペ・メアッツァでの試合を見た後、地下鉄で
ミラノ中央駅へ向かい、一番安い列車の切符を買った。
乗り込んだ列車はほどなくして動き出し街の北にある
中央駅からさらに北へと走り出した。

すぐに近代的なミラノの街は遠ざかり、列車は山間部へと
入っていく。途中いくつかの小さな街へ列車が止まったが
停車駅の規模はだんだん小さくなっていき、それと同じく
街の様子も今までに見たイタリアの街と離れていく。

列車が走り出してしばらくすると日が沈みだし、窓の外の
景色も見えにくくなる。どんどん山間に入っていく列車の
周りの自然に目を凝らすと、植生が今までのものとまるで
違っていた。イタリアで多く見たオリーブの木は皆無で、
代わりに針葉樹の森がどこまでも広がっている。

暗い外の自然を眺めていると突然視界が開けた。いきなり
現れたのは山に囲まれた広い平野。山の中腹から麓には
ちらほらと橙色の家灯が見え、その灯が平野に映り込み…
そこで気がつく。平野だと思っていたのは巨大な湖だった。

陽が昇っていれば間違いなくとても美しい風景だったろうが、
暗く深い碧色の山に光る民家の明かりと、湖に反射するその
神秘的な情景は、また違った美しさを感じさせたのだった。
途中停車駅の国旗が、列車が国境を越えたことを教えていた。

 
 +


途中の駅で乗ってきたボーイスカウトらしき集団が列車の中で
ギャーギャーと騒ぐので、iPodで耳を塞いでしばらく休む。
日本では列車の中の若い連中のマナーの悪さが、なんて議論が
あっていたがこちらの大人はそんなの全く気にしていない。
なんというか余裕があるんだろうな、などと想像している間に
列車は終点に到着した。次の目的地は、スイス・チューリッヒ。

降り立った駅は今までのイタリアのどれよりも近代的で、
そこかしこから別の国の匂いを感じ取れた。構内も清潔で
タバコの吸い殻だらけだったイタリアとは大違いだ。
隣接した国だというのにここまで違うものなんだな、と
いたく感心しつつ行動開始。まずは一縷の希望をもって
駅の観光案内所へ…当然閉まっている。当たり前か。
駅の時計は午後九時前を指していた。

事前に調べておいた宿へ行くためには、トラムという
路面電車に乗るのがいいらしい。しかしこの路面電車が
かなり複雑な路線をしているらしく、駅の周りだけで
十数の停車駅があり、その中から目的の停車駅を探すのは
なかなか骨が折れた。無事にトラムに乗り込むと、
宿に近いバス停ならぬトラム停で降りる。イタリアと違い
ちゃんと次の停車のアナウンスをしてくれるし、英語での
表示も多く割とすんなりと行動出来たぜ。

そうして辿り着いた宿…これまで同様にユースホステルなのだが、
俺は来る場所を間違えたかと思って何度もYHAの旗を確かめた。
これまで泊まったイタリアの宿はせいぜいボロい学生寮みたいな
ノリだったというのに、ここは日本のちゃんとしたホテル並、
いやそれ以上だった。自動ドアをくぐると上品な照明が照らす
綺麗なフロント。フロントの前のリラクゼーションスペースには
デザイナーズファーニチャーがこれまたセンス良く並べられ、
内装もそれなり以上のクオリティを誇っていた。

しばし圧倒されながらもフロントで一泊分のお金を払い(やはり
イタリアのホステルよりは高かったがそれでも5000円ほどだ)、
部屋の鍵を渡され…カードキーである。参ったね。
フロントのおじいさんは見た目以上に若々しい人で、俺が
日本人だと分かると私は日本語を知っているよ、と言って
日本語で挨拶してくれる。日本人は多いの?と訊くと、
ああ、彼らはいつも日付が変わるギリギリになって来るのさ、
と笑う。ジョークもうまいじゃないか。俺は時計は見ないことにした。

「おやすみなさい」と爺さん。
「Gute Nacht!」と俺。

部屋へ向かうとそこがまた凄い。ベッドもシーツもマットレスも
超一級品である。ローマの宿の収容所紛いの部屋とは雲泥の差だ。
荷物を置き、シャワーへ向かう。俺はシャワールームでも悲鳴を上げた。

ふかふかのベッドに潜り込み、「しあわせだー」と呟いた。


 +


翌朝。ユースホステルはほぼ全てが同じシステムで、一泊すれば
朝食がついてくる"Bed and Breakfast"形式だ。イタリアでは、
だいたいの宿で朝食は固いパンとエスプレッソ、よくて飲み物の
お代わり自由という程度だったのだが…ここはチューリッヒである。
そしてチューリッヒはイタリアのどの街よりも水準が高かった。

"Eat as much as you like"

こんな文句が掲げられたバイキング風のキッチンには、
思わず目を疑いたくなるような豪勢な食事が並んでいた。
何種類ものパンと、何種類ものサラミやハム等の肉類、
そしてこれまた見たこともないほど種類の多いチーズ。
ヨーグルトにシリアル、シリアルすら三種類もある。
冷たいミルクとオレンジジュース(果汁100%の表示!)、
卵まである。当然のように珈琲はお代わり自由で、
エスプレッソやモカ、ココアだけでなく紅茶まであった。
なんか詐欺にあったような気分だ。色々な意味で。

これでもかというくらい、ちょっとみっともないかな?と
恥じ入りそうになるくらい、皿に朝食を載せまくる。
こちとら貧乏な旅人だ。喰える時に喰わねば死ぬのだ。
さすがにお代わりは…と思っていたら白人の連中は何の
躊躇いもなく追加に行っていたので、俺も席を立った。
ここがどこであろうと、ここは日本ではないのだ。

しっかり朝食をとった後はトラムに乗って再び中央駅へ。
まずはこの街の地図を手に入れなければなるまい、と
お馴染み観光案内所へ。どの国に行ってもここだけは
確実に英語が通じる無敵スペースである。ひとまず
スイスフランを手に入れるために銀行の場所を訊いて、
地図を貰う。地図はタダでくれた。ヴェネツィアめ。

そして観光案内所を出て、何気なく駅のプラットホームの方に
視線を向けると…最近見たばかりのアジア人がそこに居た。
ガラガラと小さいトランクを曳いて来るそいつは、ミラノで
一緒にサッカーを見たEto'oだった。確かに彼もここへ来るとは
言っていたが…しかしなんという偶然だろう!

彼も同じくChangeをしたいと言うので、一緒に銀行へ向かう。
途中、物価を調べようという彼に従ってスーパーへ入ると、
意外にスイスの物価はそこまで高くはなかった。というよりも
イタリアの観光地が異常なだけという話もあるのだが。
川沿いを歩いて街の様子を眺め、ふと思ったことがあったので
言ってみた。この街ってなんか、福岡に似てないか?
「…それ、思ったけど言わないようにしてた」
二人の共通の故郷であるところの街に、この街はよく似ている。
どこが、と言われてもうまく説明出来ないが、街の雰囲気が
福岡のそれによく似ている。なんとなく、この街にはすぐに
馴染めそうな気がした。

銀行で両替をしてから(銀行の内装も素晴らしかった)、互いの
これからのスケジュールを確認する。彼はチューリッヒには
泊まらず、その近くの街にいる先輩を尋ねるそうだ。夕方には
チューリッヒを出るから、それまでこの街を見て回ると言う。
俺はかねてよりチューリッヒに来たらここに行きたい、と
思っていた場所があると彼に言う。面白い建築なので、
建築系の勉強をしている彼も興味があるのではと誘うと
「あれはこの街にあるのか!?」と興奮気味。
一緒に行くことに。

しかしその場所が分からない。観光地でもないから地図には
載っていないし、街の人に訊くしかないだろうが、その問題の
建物というのが色々とアレなバックグラウンドがあるので
大人の人には分からかもしれない、同年代の若い人に訊こう、
と話していると、近くのベンチに一人の青年が。
おそらく俺とそう歳も離れていなさそうだが…格好がどうにも
パンク風で、しかも白人で顔が整った彼は結構迫力がある。
「おいおい、あいつに訊くのか?」とEto'oは俺に言うが、
構わず突撃。ここはどこであれ、日本ではないんだぜ。

丁度サンドイッチを頬張っていた彼に俺は尋ねる。ごめん、
この建物に行きたいんだ。どこにあるか知らないか?
俺が差し出した雑誌の写真を見ると、彼はすぐに
「ああ、知ってるよ。ええとね…」と言うので地図を渡す。
「この辺だ。電車の線路沿いにあるから、中央駅から
 一駅電車に乗っていくといいと思うぜ」と彼。
おお、なるほど。
「列車から建物が見えるから、迷わないと思う」
じゃあきっと大丈夫だな。ありがとう、と礼を言うと、
彼はひらひらと手を降ってノープロブレム、と言った。
この間、彼は完璧な発音の英語。スイスヤバい。

駅に向かいながら「やっぱり福岡に似てるな」とEto'oが言う。
何が?と訊くと「ほら、ヤンキーが親切じゃないか」
彼は自信たっぷりに「福岡でもちょっと怖そうな兄ちゃんの方が
親切だったりっていうのはよくあるだろ?」
まあ確かにそういうところはあるかもしれないな。
博多っ子は皆根っこはフレンドリーだし。

そうして駅に着いたのだが、どうにも気が進まない。何が進まないって
電車に乗る気があまりしないのだ。今まで全ての移動手段が列車だし、
そろそろ飽きる頃合いであるというのもあるが、財布が切符販売機を
頑なに拒絶している。なんか「お前に入れるスイスフランはねえ!」とか
言っている。

地図を眺めながら、折角天気もいいし歩いていかないか?と提案する。
「実はその方がいいと思ってた。街の様子も見れるし」とEto'o。
どこまでも波長の合うヤツである。流石同郷。地図で確認すると、
おそらく二十分も歩けば着くだろうと目算出来た。ちょっとした
散歩の気分で行けるだろう、と川に沿って北へ向かって歩いていく。

街の様子を十分に堪能しながら、時にとても斬新な建物や、
美しい住宅などを見つけては二人でキャッキャッと喜んぶ。
二人の興味の方向が似ているので、大いに盛り上がる。
時々迷ったりしながら、目的地へ到着。歓声。

Zurich - Fritag Zurich #01.jpg

そこは日本でも建築系・アート系の雑誌で紹介されている
コンテナを積み上げて作られた建物。コンテナとは勿論、
船やトラックに載せる貨物用のコンテナである。
そしてその建物は何なのかというと、これまた日本でも
最近流行っている"Freitag"というブランドの旗艦店なのだ。
トラックの幌やシートベルトなどの素材を使って鞄を作る、
という斬新でしかも機能的なデザイン、さらには全てが
他に同じデザインのない一点ものという特徴があって、
世界中で人気を博している。チューリッヒの街の中でも、
幅広い年齢層の人々がこのFreitagの鞄を使っていた。
http://www.freitag.ch/

Zurich - Fritag Zurich #02.jpg

中に入るとそこもまた斬新な内装で、コンテナという特徴を
うまく利用した面白い建物だった。商品のディスプレイの仕方も
独特で、鞄の箱が山積みにされているのだが、それぞれの箱を
引き出しのように手前に引くと、中に色々な鞄が入っているという
具合。すげえすげえと二人ではしゃいでいると、声をかけられた。
白人の青年、またしても俺達と同じくらいの年代か?
「写真の勉強をしているんだ。ここの鞄をもってモデルになってくれないか?」
一眼レフのカメラをぶら下げた彼はそう言う。おお、いいとも。
早速自分の気に入る鞄を探す俺達二人。日本人のセンスの良さを
見せてやると言わんばかりに色とサイズと形を選び抜きばっちり
撮ってもらった。ありがとう、礼を言う彼に写真を見せてくれと
頼むと、そこにはただ単に鞄を持った二人の東洋人が写っていた。
…あまり写真のセンスは無さそうだ。

その建物の階段をずっと登って屋上へ行くと、一番上のコンテナは
屋根を取り外され、望遠鏡が備え付けられていた。うっすらと雲が
出ているものの、雲の合間から差す光に照らされたチューリッヒの街は、
大きな川と周囲の山に溢れる自然と、近代的な建物が同居する
とても不思議な街だった。

のんびりと歩いて駅へ戻ると、陽もだんだんと傾き始めていた。
そろそろ先輩のところへ向かうと彼は言う。しばらく旅について、
また自分達自身について話をしていると、彼が乗る列車が到着した。
別れを告げると、彼はまたヨーロッパのどこかで会うかもな、と笑う。
そうだな。世界はそんなに広くないらしいし。


 +


彼が列車に乗るのを見送ってから、俺は再び街へ繰り出す―
今度は本当の目的を果たす為に。

実はミラノでサッカーを観る前に、一緒に観た三人で写真を
撮った後、デジカメが動かなくなってしまっていたのだ。
"Lens Error"と出るので、多分ゴミでも入ったのだろうと
思っていたのだが、レンズを拭いたりいろいろやっても
全く元に戻らない。せっかく欧州くんだりまで来てカメラが
壊れたなんて洒落にならないぜ。幸い、イタリアで撮った
写真のデータは消えていないのだが、俺が旅に出た理由の
二割くらいは街の写真を撮りたいからだったというのに…。

そこで気がついた。次に行く国が、カメラや時計、
精密機械で有名なスイスであることに。

スイスのカメラ屋に持っていけばきっと直してくれるに
違いない…!そんな確信を持って、俺はEto'oと別れた後、
街のカメラ屋を見つけ、デジカメが壊れたことを説明すると
「これは…電気系統の故障じゃないかな」
すぐには直せないとのこと。マジかよ。凹む俺。
しかし新しいデジカメを買ったりする金銭的余裕は既にない。
というよりも飯代をケチりたくなる程度の財布加減である。

河のほとりで途方に暮れていると、ごてごてとした装備の
カメラで写真を撮っている男性がいたので、声をかけてみた。
デジカメが壊れたんだけど。これって直らないかな?

「あー…これはだめだな。メーカーに預けなきゃいけないと思う」

やっぱりか…

「殴ってみたら直るかもよ?」

彼は笑いながらそう言う。そうだな。俺も力なく笑う。
つまり、そういう段階の故障だということになる訳だ。
そうしている内にチューリッヒの街は雲に覆われ、時折
パラパラと雨が降るようになってきた。カメラの再起不能で
いたく気を落とした俺は、今日はもう宿へ戻ることにする。

Zurich - Zurichsee.jpg

昨晩と同じ宿へ向かい、一泊分のお金を支払う。宿で
晩飯を摂り(別料金だが)、しばらく部屋でゆっくりしながら
これからの計画やお金の計算をする。予想以上にすいすいと
ここまで来れているので予定の方は大分余裕があるのだが、
お金の方がかなり厳しい。フィレンツェでT/Cを街の両替所で
換えてしまったばかりに、手数料で法外な額を持っていかれたのが
かなり痛手になっている。これからは一層倹約に努めなければ…

お金の方は明らかに現金だけでは足りないので要所要所で
VISAのお世話になるとして、旅の日程は変えられそうだ。
フィレンツェで会ったHinaが「モンペリエには行くべきよ」と
熱弁していたので、スイスを出たら南フランスへ行くことにした。

そんなこんなで部屋で過ごしていると、喉が渇いたので
飲み物を買おうと思って下に降りた。しかしホステル内の
自動販売機は頭の狂ったような値段をしていやがる。
これは外に買いに出るしかないな…

外は、とても静かだった。

不気味な程に静かである。夕方過ぎにホステルに着いた時には
まだ人気があったというのに…時間を確認すると、午後六時を
過ぎたくらいだった。ホステルの周り、トラム停留所まで歩く。
しかし、一軒の店も開いていなかった。スーパーも、タバコ屋も、
ありとあらゆる店が既に閉まっていたのだった。閉店時間を
確認してみると、既に閉店後一時間が経過しているという。
商売する気があるのか?と思ったが、逆に、これがこの街の
やり方なのだろうと思った。レストランにもほとんど人が
いないところを見ると、皆早くに家に戻って家族で食事を
取るのだろう。諦めて俺は宿へ戻った。

宿へ戻る途中、回り道をした。住宅街の中を通っていくと、
暗い通りに家々の紗幕から漏れた光がちらほらと踊っていた。
静かで、質素と言うべき無駄のないシンプルさ。それが
チューリッヒの街に漂っていた雰囲気の正体だった。
その単純で、しかし本当にいいものだけを残した街は、
今までに見知っていたスイスのイメージとはほど遠く、
しかしそれがリアルなこの国の街だった。

そんな風にこの街をやっと理解し、どこか満足した気持ちで
宿へ。翌朝次の目的地へ向かうために早く寝ようとすると、
同室のアメリカ人のいびきが凄まじく、次の日寝坊したという悲劇。


posted by iNut at 18:08| バンクーバー ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 西方project | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オチが秀逸wwwww

私も旅行したいなぁ・・・
飛行機は苦手ですけどw
いくならイギリス→ノルウェー→スウェーデン
→フィンランド→チェコと回りたいですねw

ただ外国語が・・・
Posted by るぃ at 2007年12月16日 03:42
>るぃ嬢
そしてその悲劇は後々まで響くことになるのです…

飛行機も慣れちゃえばどうってことないんじゃないですかね。
僕も北欧・東欧には行きたいと思ってたんですが今回は
敵わず断念。いずれまた行きたいっす。
あと、その国だけでしたら国民全員英語通じますから
英会話ブックを握りしめていけば死にはしないのではw

まあなんにせよ欧州はだいたい英語通じますからねえ…
Posted by りー at 2007年12月17日 14:31
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