2007年12月23日

西方湖水方 〜 A Lakeside Moment.

海とも違える巨大な湖、
その西の果ての湖畔に、
国際都市と呼び声高い
一つの街があった。

同じ国の他の街と同様に、山と湖に囲まれ
人の文化と自然が共存するその街には、
一つだけ他の街とは違うものがある。

街のシンボル、"Jet d'eau"。
それは天へと衝き昇る巨大な噴水。

上空の風に流され、弧を描いて
湖へと落ちていくその美しい姿は、
文明と自然の共存の象徴だった。



 +


チューリッヒでの二日目の夜は、同室のアメリカ人の
暴力的、破壊的とも言うべき凄まじい"snore"のおかげで
非常に忘れ難いものとなった。

前日の夜「僕はいびきが酷いから、もし気にするのだったら
これを使ってくれ」と彼が俺に差し出したのは耳栓。一瞬
ジョークなのかとも思ったが、俺は寝付きがいいから、と
断った俺は考えが甘かった。世界は思ったより狭いが、
同時に思ったより広かったのだ。

轟音。そう称するのが最も適当だろう。しばらくうとうとと
ベッドで考え事をしながら寝ようとしていた俺に襲いかかった
音波攻撃に耐えきれず持参の耳栓を装着するも、耳栓を
つけても遠く聞こえる大地の揺れが気になってなかなか
眠れなかった。そして翌朝、寝坊。やれやれだ。

前日同様豪華な食事をたらふく食べた後は、中央駅へと直行。
予定では朝早くの列車に乗って、昼前には次の目的地へと
着いておきたかったのだが、まあ仕方ない。切符を買って
(スイス国内の列車はやたらと高くて愕然とする)、列車に乗る。
やがて列車は西へと走り出す。途中、昨日寄ったFreitagの
建物が見えた。

スイス国内の位置関係で言うと、横に長いクロワッサンのような
国土の北東部がチューリッヒ。そして今目指しているのが西の
国境なので、丁度国内を横断する形になる。進行方向左、つまり
南側にはアルプス山脈の雄大な自然が見える筈なのだがその日は
あまり天気がよくない所為もあってよく見えなかった。残念。

しかし、終点に近くなる頃に列車が止まった一つの駅。
ローザンヌというそこは、湖に面した斜面に連なる街で、
綺麗な建物と延々と続く斜面の葡萄畑がとても美しくて、
よほど降りてみようかと迷ったが、結局切符代をケチって
やめてしまった。今となっては降りて街を見て回れば
よかったと後悔しきりだが、次は絶対に行ってみようと思う。
薄い灰色の空から金色の光の筋が葡萄畑に差す光景は、
古代の神話の舞台のようで、世界にはこんな場所が
あるんだなと感動する。

Lac Leman - Lausanne #02.jpg

そして列車は遂に終点へと辿り着いた。時間は昼寝の時間を
少し過ぎたくらい。次の目的地はここ、ジュネーブ。

駅の外へと出てみるとチューリッヒとはまた全然違う別の街の
様相を呈していて、スイスという国の懐の深さを思い知った。
ひとまずこれからの予定を考えるために次の目的地への
交通手段を調べるために観光案内所と駅の交通案内所へ。
どうやらかなり時間がかかるらしいのでジュネーブで一泊した
方が良さそうだという結論に至り、宿を探しに行くことに。

最初に行った宿は既にベッドの空きがなく、紹介してもらった
別のホステルへ。受付の愛想のよくない爺さんと英語で会話、
一泊のベッドを取り敢えず押さえることに成功した。


だが。


今思えば本当に俺は運がよかったと思う。少しでもタイミングが
悪かったらどんな目に遭っていたかはあまり想像したくないぜ。

俺は貰ったキーの番号を頼りに部屋を探し当て、ドアを開ける。
部屋には誰もいなかった。ベッドが四つあるだけのそう広くない
その部屋には既に荷物が置かれており、洋服が壁にかけてある。
その下のナイトテーブルには小物が散らかっていた。

フランスに近いここならやはりオシャレな奴が多いのかな、
なんて思いながら何気なくその小物類に目をやると、一つの
香水が目に入った。何か思うことがあってその瓶を手に取ると、
"LOLITA LEMPICKA"の文字が。

レンピカ…あ、蒼い子か!

こんなところで双子の妹を思い出すことになるなんて、と苦笑しつつ
元に戻そうとして気がついた。待て。レンピカは…女性用の香水だ。

そう気付いた瞬間、俺の脳内でALERTが鳴り響く。
いくらナヨい男だらけのフランスに近いとは言え
女性ものの香水をつける男はいないんじゃないか?
そして部屋にあるものをもう一度よく見直すと、
レースのついた服、ポーチの中には化粧道具、
そしてベッドの向こうには…



俺は階段を五段飛ばしで駆け下りた。
多分人生でも三本の指に入る速さだった。



「女部屋じゃねえかよ!ふざけんな!」と必死に訴える俺の言葉は
一応ジジイには通じたらしく、大丈夫だ、慌てるなと新しい鍵を
寄越す。慌てるなとかそういう問題じゃねえ。だいたい何でそういう
大事なトコでポカをするんだ。人がいたら俺は完全にアレな感じの
犯罪者にしたてあげられるところだったんだぞ。
「俺が女にでも見えたのかよ?」と精一杯の皮肉を込めて言うも、
「すまないな」と素っ気なく返される。なんなんだよ、ジュネーブ。
次に行った部屋には、人もおらず、荷物もまだなかった。
…なんかまた不安だな。


ひとまず宿は確保したので、街の観光へと繰り出すことにした。
ただでさえ荷物は少ないのに、貴重品と地図だけのほぼ手ぶらで
街へ出かける俺は東洋からの留学生くらいには見えたかもしれない。
湖のほとりの舗装された歩道を、のんびりと歩いて街の中心へ。
途中、その湖の名前を日本語で叫んだりしながらうっすらと
寒い風吹く中、自由気ままな旅人気分を味わった。

宿から少し行ったところに、貸し自転車屋を発見する。
イタリアでもチューリッヒでも、自転車があればなあと
ずっと思っていただけに、4時間まではタダと言うので
借りてみた。後ろの荷台のところに何やら広告の貼ってある
凡茶利だったが、まあこの際贅沢は言うまい。
これですばやさアップ。一気に街の中へ飛び出していく。

Geneve - Cycling! #02.jpg

ジュネーブはそう大きな街ではない。駅の方面から湖へと流れる
川と、流れ出る湖に沿って中心街が広がって、あとは湖と山の間に
住宅街が広がっている。地図を見ても、自転車があればそう時間を
かけずに全てを見ることが出来そうだった。さて、どこから回ろう…
そう思っていた時、突然視界に入ってきたものがあった。

薄く空を覆っていたグレーが開けて、
すっと広がった青色をバックに
巨大な一筋の白が立ち上がっていた。

Lac Leman - Jet Rainbow.jpg

一瞬何なのか分からず目を凝らすと、それは湖から吹き上がる噴水。
近くに浮かぶボートと比べてもいまいちピンと来ないくらいの大きく、
高く高く吹き上がった噴水は、上の方で風に流されて弧を描き
再び湖へと戻っていた。引き寄せられるように噴水の方へと自転車を
走らせ、適当なところに自転車を止めて、細い堤防のような湖の
上の道を歩いて噴水の側まで歩いていくと、見上げる程大きなそれは
もはや噴水などというチャチな概念を越えてしまっていた。
近くの湖と噴水の説明書きを読むと、140m程もあるらしい。
不定期に吹き上げているらしく、最初に来た時に気付かなかったのは
おそらくその所為だったのだろう。

Jet2.jpg

しばし圧倒されながらも、ジュネーブのシンボルという一文に納得。
とんでもないものを作る奴が居たもんだと変な感心もしながら、
再び自転車を走らせだした。

街に着いた頃は雲に覆われていた空も、この頃にはだんだんと晴れて
日も差し、暖かくなっていた。湖の側には花壇が作られたりしていて
ランニングや散歩をしている人も多く、ゆっくりと時間が流れていた。

そんな時、一人の男性が声をかけてきた。おそらく二十代中盤くらいか。
自転車を止め、話に応じると、少し訛った英語で「旅行者か?」と
尋ねてきた。そうだよ、と答えると「一人か?どこから来た?」
日本からだ。一人だよ、とありがちな旅行者と現地の人、という会話を
していると、途中何か尋ねられた。が、よく分からない。ごめん?
と聞き直すと、何やら知らない単語を連呼している。なんだよ。
彼は伝わらないのがもどかしそうに、ジェスチャーをはじめ…
胸?

(  ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!

いや、何が言いたいのか分からない。てかそれフランス語じゃないのか。
彼女がいるのか、と聞いているのか?こっちも必死に理解しようと頑張るが
全く分からん。女性がどうのと言っているらしいが…

…もしかして昼間っからそういう店に誘われているのか俺は。

とも思ったがどうも違うらしい。途方に暮れていると、後ろから声がかかる。
連れが居たらしい。こちらはおっさんで、何かフランス語で言っている…。
だが彼のジェスチャーは読み取れた。あのおっさんはこう言ってる。

「あーもう女だろ、だって髪長いし、身体細いし」

あー繋がった。全てが繋がった。こいつら俺のことを女だと思ってやがる。
「違ぇよ!男だよ!」とシャツの胸元を開けてがなる俺に、彼はやっと
分かってくれたか、みたいな感じで「いや、俺は男だって言ったんだ。
あいつが女だろって言っててさ」てめえら賭けでもしてたってのか。
っていうか普通に英語喋れるなら英語で訊けよ。

笑いながら気を付けろよ、と言ってくれた彼に一応の礼を言う。
ということはだ、やはり宿屋のジジイも俺のことを女と間違えた、
ってことなんだろうな。畜生め。

しばし落胆と憤慨と空虚に支配された心も、自転車で走っているうちに
清々しい気持ちになるから不思議だ。チューリッヒでもそうだったが、
ジュネーブの街は自転車用の車道というのがちゃんと整備されている。
しかし車両の真ん中を走ることも強いられるかなり意外な配置だらけ、
おまけに日本とは違って右側を車が突っ込んで来るのでしばしば
死にそうになる。なんとか命の危機が回避しながら街をあらかた
見物した後、スーパーでバケットとペットボトルの水を買って、
自転車のカゴに突っ込む。街の住人のような気分に浸りながら、
町外れまで行って湖の側でパンを食べた。ペットボトルの水を
飲もうと蓋を開けると、ペットボトルが爆発した。
炭酸水だった。

jet3.jpg

 +


自転車を返却して宿へ戻ると、黒人の二人組が部屋に居た。
男だった。ホッとする。口数の少ない彼らはさっさとどこかへ
行ってしまったので、ヒマになった俺は宿の周りをブラブラと
散歩することにした。

閑静な街の一角で、当然だがコンビニなんてない。日本では
当然のようにあるものもこちらでは一切ない、なんてことも
ザラだし、改めて日本の便利さに気付くと同時に、日本には
ものが溢れ過ぎているような気もして、シンプルな海外の街が
心地よく感じることもある。日本では気付かなかったこと、
気付けなかったことを知れただけでも、ここまで来た価値は
あったかな、なんてことを考えていた。

ふと宿の近くにある公園に立ち寄ると、二人の男性…おそらく
俺より少し年上くらいではないか、がサッカーをしていたので
混ぜてくれと言って三人でボールを蹴ってきた。ブラジルから
来たという彼らは英語はいまいちだったのだが、そこはまあ
ボールがあれば会話は出来るので、ひとしきり汗を流してから
暗くなってきたので終了。去年のドイツと言い、何故か俺は
ブラジル人と縁がある気がするな。しかし、ジュネーブで
ブラジル人と草サッカーなんて、そう出来る経験じゃないぜ。

宿へ戻って、シャワーを浴びて就寝。

翌朝。朝食のために食堂へ行くと、イタリアよりはマシ、
という程度の朝食が用意されていた。少しだけがっかりする。
しかしよくよく考えてみると、そんなに悪いメニューでも
なかった筈だ。シリアルに、ヨーグルトもついていた。
だが"あの"朝食を食べてしまったからには、今後満足することも
ないだろうな。チューリッヒ、最強説。

ぶつくさと心の中で文句を言いながら朝食を食べる俺が、
何故かインテルのユニフォームを着たボサボサの髪の毛の
東洋人に食堂の人々の好奇の視線が突き刺さっているのを
知るにはもうしばらく時間がかかる。


posted by iNut at 19:07| バンクーバー ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 西方project | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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