知らない人間はいないと言っていいほど知られた二色のライン。
古くはローマ帝国の植民地として、その後は頑固に自治権を
守り続けた古風でありながら強大な地域があった。
カタルーニャ、現スペイン国土の東側地中海沿岸に広がるこの地域では、
今もなお人々は我々はスペイン人ではなくカタルーニャ人だと主張する。
その背景には、スペイン内戦の際にカスティーリャによる弾圧を受け、
自分達の言語であるカタルーニャ語までも制限された深い因縁がある。
40年もの長きに渡る言語の支配。だがその当時、限定的に彼らの言葉、
カタルーニャ語を話しても良いとされた場所があった。
そしてその建物は、今でもカタルーニャ人にとって特別な意味を持つ。
カンプ・ノウ―
FCバルセロナの本拠地であるこのフットボールスタジアムには、
単なる競技場では、絶対に持ち得ない重みがある。
窓の外、往来の人の声で目を覚ます。目を擦りながら顔を上げると
昨晩盛り上がったインドネシアンの彼がぐうすかと寝息を立てていた。
さっと着替えて荷物の無事を確認し、ロッカーにぶち込んでいた
マドレーヌをむしゃむしゃと食べる。なんかここ数日マドレーヌしか
食ってねえ気がするぞ。
朝食を摂るために、皆を起こさないように部屋を出る。京都から
来たと言っていた彼のベッドは既にもぬけの殻で、一言くらい
声をかけてくれればいいのにと思った。まあいいか。
食堂へ行く。スイス程ではないがイタリアよりはマシな程度の
朝食にありつく。しかし狭い食堂で、人が座れる限界の狭さに
挑戦しているかのようにテーブルとイスが文字通り押し込まれていた。
そのうちの一つの空いたテーブルに座ってむしゃむしゃとパンを
齧っていると、同い年くらいの綺麗なお姉さんが声をかけてきた。
「ここ空いてる?」
勿論だとも。しばらくかっ込んでから一息つくと、彼女がどこから
来たのかと訊ねる。君は知らないかもしれないけれど、日本っていう
極東の島国だよ。あなたは?
「私はセルビアよ。ここには昨日来たわ」
バルカン半島の方か。なるほど言葉にも芯の強さが表れている…
ような気がする。どこを旅してるのか、スペイン、バルセロナでは
どこへ行ったかとお互いに情報を交換。今日の予定は、と訊かれ
フットボールの競技場へ行くつもりだと言うと
「ああ、カンプ・ノウね。私も今日行くわよ」
そうなのかー。フットボール好きなの?
「いやいや、カレシが行くって聞かなくってさ」
そりゃまた気が合いそうだ。俺が思うに、あのサグラダなんとか言う
ヘンテコな建物よりもカンプノウの方が遥かに重要だと思うね
(I think Camp-nou is much more important than that crazy temple
of sagrada or something like that.)。すると彼女は肩をすくめた。
「なんで男ってみんなこうなのかしらね」
カレシが眠そうな目でトレーを持ってやって来た。彼女が、彼は
ミラノから来たのよと言う。おっ、俺この前ミラノに行って来たぜ。
「何だって?君はミラノ出身なのか?」
ちげぇよ。起きろ。あと別に彼女口説いたりしてないからそう
怖い目で見るな。それとも眠いからそんな顔してるのか?
彼らに別れを告げ、部屋へ戻って出発の支度をする。
宿を出る前に、同じ部屋だったメキシコ人のおっさんと、
インドネシアンの彼と、オージーの彼に別れの挨拶を。
お互いに旅の安全を祈ったりする。
宿を出て、再び中心街を北へ。大通りを西へ曲がってずんずん歩く。
「カンプノウへはバスが便利だよ」と教えてくれた人々の親切心を
無下にする訳ではないんだと誰にでもなく言い訳をしながら、主に
財布の中身を気遣って、歩く。小一時間かかったが別に気にしない。
この頃には俺の足腰は長時間徒歩に順応していたからな。
街角の公園を抜け、カンプノウを記す標識に沿って歩く。
大通り沿いに綺麗な学校があった。門の中では子供達が
思い思いに遊んでいて、微笑ましい光景だなと思いつつ
通り過ぎると、校舎の裏にスタジアムがあった。
聖家族寺院といい、何故バルセロナはこうも突然なのだ。
裏、と言ってもそのスタジアムは流石に巨大で、正面の入り口以外は
通常封鎖されているらしく大きく回り込まなければならなかった。
広大なスタジアムの敷地をずっと行ったところに正面ゲート。
遂に夢にまで見たカンプ・ノウである。看板があった。
9/22 vs Sevilla @ Camp Nou
そして俺の手には、21日出発の夜行バスのチケットが。
どうやら俺はとことんバルセロナには縁がないらしい。
そろそろ泣いていいか?
うじうじと様々な後悔の念を抱きながら(今まさにノリにノってる
セビージャとの対戦なんて見たいに決まってるだろう)、せめて
スタジアムの中の見学くらいしなければと思ったら、試合前日の
非公開練習で見学すら叶わなかった。…真剣に宗旨変えを考えた。
もうインテリスタになろうかな、俺。
色々なものを諦めてスタジアムをぐるっと見て回って、もう一度また
来ればいいじゃないと自分に言い聞かせる。死ぬまでに一度だけでも
カンプノウでクラシコを見るという野望が果たされるのは、一体
いつのことになるのやら。オフィシャルショップやらをぐるぐる。
しかしこんな遠くまで歩いて来たというのに…
と思っていたら、何やら表が騒がしいので見てみると地下駐車場の
出口で人々が出待ちをしているようだった。俺もそこへ行って、
しばらく待っていると一台のアウディが…
あ、ロニーだ。
出っ歯がニヤけながらファンに手を振り、車をビューンとUターンさせ
外へ出て行った。わーお。ドイツでもロニーは見たけど今回はえらい
接近したな。と、思っていたらもう一台出て来た。
レオ!!!!!!!
てゆーかゴツい!マラドーナの後継者と呼び声高い若きFWは、
ロニーよりも鋭く(!)Uターンを決めてシュッと出て行った。
すげえ生メッシだよ生メッシ( ゚∀゚)o彡゜メッシ!メッシ!
お、もう一台…
ザンブロッタ様!!!!!!!!!!!!!!!!!!
かっけぇ!ヒゲがかっけぇよジャン様かっけぇ。マジかっけぇ。
すげえ生ザンブロッタ(ry
その後もエスケーロやらサブキーパーのおっちゃんやらアンリらしき人やらが
わんさか出て行った。うん、あれだけ見れたら満足だよ。来た甲斐あった。
満足顔でカンプノウを後にする俺。実に単純である。アイドルのおっかけかよ。
夜行バスは夕刻に出発するのだが、それまではまだ時間があったので
未だ行っていない場所ということで南に向かうことにした。街の中心を
ずっと歩いて抜けて、カタルーニャ美術館を通過。南の丘を目指す。
なだらかだが結構な距離をずっと歩いて、頂上の城を目指した。
モンジュイックの丘と言われるこの場所からは、バルセロナの町並みと
街が面した地中海をずっと見渡すことが出来て、偶然にもこの巨大な
街の締めくくりにふさわしい場所だった。
土煙色の空気で薄く淀んだこの街をお城の頂上から見渡すと、やたらと
目立つ尖塔のサグラダファミリアや、うっすらと見えるカンプノウ、
その他バルセロナの全てを見ることが出来た。イタリアのように綺麗な
町並みでも、スイスのように近代的でスタイリッシュな町並みでもない、
どちらかというとスペインそのものが田舎のような雰囲気を持っていたが、
それだけにこの街が持つエネルギーは様々な雑多なものが組み合わさって
膨れ上がって出来たような、そんなもののように思えた。
丘を下り、再び中央駅へ。沈んで行く太陽をバックに、駅前の広場で
スケートボードの練習をする少年達を眺めていた。
夜行バスを待ちながら、マドレーヌ食べながら。