2008年02月15日

西方鉄塔望 〜 Magnificent and Melancholic Tower.

広場を抜けて大通りを歩いて街の中心までやって来てみても
前日とはうってかわって人気のない寂しげな風景が続いている。
東の果ての島国では考えられないほど、静かな静かな日曜日。

大通りから路地に入ると細い道がいくつも交差し日陰が増える。
まばらにしか見えない人の姿と静かに差し込む朝日の紗幕が
雲の多い空の下で連綿と並んでいて、ああここもパリなんだ、
なんとなくそう思った。



往来の人の声で目を覚ます。窓を開け放しにしていたので
少しだけ寒い。ひとまず荷物の無事を確認してから体をほぐし
階段を降りて食堂に行く。珈琲を入れようとすると、無愛想な
おばさんが朝食の時間は終わりだとぶっきらぼうに言ってきた。
朝食は九時までって言われたぞ、と言っても取り合わないので、
無視してコップ一杯のオレンジジュースを引っ掴んで一気飲み、
パンをいくつかぶんどってから再び階段を登って部屋に戻った。
おばさんが何か凄い顔をしていたが知るものか。悪いけれど俺は
他の日本人みたいに遠慮とかいうものの持ち合わせはないのさ。

強奪してきた朝食を部屋でむしゃむしゃ摂りながら、地図を片手に
予定を立てる。昼の二時には東部のバスターミナルに着かなければ
いけないので、あまり時間はない…残った時間は四時間くらいだ。
前日にブラジル人が言っていたyou must seeの教会に行きたいけど
地図で見ると結構遠いので断念。無計画travelはこういうところが
悔しいね。パリは予想以上に素敵な街なので(フランス人は皆パリに
だけは住みたくないと言うらしいが)また遊びに来なければなあ。
街の雰囲気を楽しむという当初の大目的を果たすため、セーヌ川の
ほとりを散歩するという最高に贅沢な過ごし方をすることにした。

Paris - Seine #03.jpg

シーツをたたんで荷物をまとめ部屋を出ると、宿泊客のおばさんが
スーツケースを降ろそうとして四苦八苦していたので手伝った。
大層お礼を言われる。一善。その見返りかどうかは分からないが、
チェックアウト時にはあの美人のお姉さんがいて、merci,とお礼を
言うと笑顔で手を振ってくれた。ただいまの震度、M8強。
帰りの飛行機が堕ちても文句は言えないなと思うのと同時に、
次に来る時は絶対にフランス語をマスターしてお姉さんの電話番号を
聞き出してやろうと心に誓う。

宿を出て、Place de la Republiqueを抜けRue de Templeへ入る。
日曜日だからだろうか。前日とは比べ物にならないくらい人がいない。
少し歩いてふと思うところがあって路地に入ると、ちらほらとだが
街の人の姿が見えた。街角で人が数人立ち止まっているところがあり、
八百屋や魚屋が店を開いているようだった。どんな食材があるのだろうと
覗いてみると、見た事も無いような魚やら何やらよく分からない生物が
氷の上に並んでいる。聞いてみたいが聞いたところで買えないし、
お店の人も忙しそうだったので遠慮する。というか単にビビりなだけだ。
フランス語が喋られればもっとなあとも思ったが、単にビビりなだけだ。
やれやれ。

可愛い店構えのぶらんじぇりを発見。小さなショウウインドウに、
綺麗なお菓子がずらっと並んでいて、中に入ると今度はずらっと
パン、パン、パン。若い兄ちゃん二人とオジさん一人の野郎三人で
朝からケラケラと笑いながら仕事をしている。これとこれ下さい、
と怪し過ぎる発音のフランス語でパンを頼むとあいよっとばかりに
手渡してくれた。とても楽しそうに働く兄ちゃん達を見て、心が
洗われたような気分になった。貰ったパンを手に店の外へ出る。
少し日の光が強くなった気がした。

Paris - Notre Dame #01.jpg

再び大通りを中心へ向かい、Notre Dameへ。実際のところ俺は
かの有名なアニメーションを観ていないのだが、ここに来るまで
色々な教会や寺院を見てきた俺でも素直にすごいな、と思った。
時刻は丁度11時。はっと気付いた瞬間にはゴォーン…と重く響く
鐘の音が頭上から響いていた。これが噂に聞く鐘か…どことなく
感激しながら、先程買ったクロワッサンを頬張ったその瞬間。

鐘の音が止んだ。否、聞こえなくなった。

パリパリと口の中で溶けるような、割れるような音だけが
俺の頭蓋の中に響く。その瞬間、絶妙な糖分と塩分とバターの味、
頭頂部まで届く程の香ばしい香りと全身に行き渡る繊細な食感。
"本当のクロワッサン"の味がした。心の底から死ぬかと思った。
生まれてから21年、食にはうるさい家庭で育ち、自身も沢山の
美味しいパンを食べて育ってそれなりに舌も肥えていた筈なのに、
それでもそのクロワッサンは、楽園の食べ物の味がした。

フランスを舐め過ぎていた。正直にそう思った。パリの女の人は
美人だとか、綺麗な建物が多いとか、本場のパンは美味しいとか、
そんなのは嘘だ。心臓が止まる程の美人がいて、硬直する程
素晴らしい建物があって、涙が出そうな程に美味しいパンがある。
フランスは、少なくともパリは、そういう街だった。

Paris - Sunday Morning #03.jpg

寺院前の広場でパンを味わった後は、セーヌ川に沿ってずっと歩く。
時々休みながら辺りの様子を観察すると、さすがにパリの中心まで
やって来ると人も多くなって来て、観光客に紛れて所謂パリっ子が
あちらこちらに姿を見せてくれた。バケットを何本も抱えたまま
新聞を読みながら早足で行くカフェのウェイターの兄ちゃんに、
どことなく不機嫌そうにプジョーを運転するスーツ姿のオジさん、
橋を渡ったところで常に苦笑しながら暴れる車の交通整理をする
婦警さん。ずっと旅をしていると、地元の人とそうでない人の
区別が自然とついてくる(気がする)。ここまでいくつもの国を
歩き回って、ついでに迷子になって来たけれど、どこの国でも
暮らす人々の根本は日本でもヨーロッパでも変わらないなあと、
なんの衒いもなく、そう思った。

Paris - Tour Eiffel #02.jpg

セーヌ川をひたすらに歩き続けてパリのエッフェル塔に着く頃には、
雲も多くなって街全体が灰色になっていた。予想外に短くない距離を
歩き通した俺のテンションも明度が下がりきった感をみせており、
エッフェル塔搭乗口の下で延々と続く長蛇の列を見た瞬間にそれも
一気に大暴落。がっくりと近くの公園のベンチに座り込んで、
先程買った別のパンをむしゃむしゃ。…美味い。

そろそろ時間だ、地下鉄に乗ってターミナルへ向かわなければ…
ところが地下鉄見つからず、見つからず、人に聞いても教えてもらえず、
なんとか二時ギリギリにバス搭乗口へ物凄いスピードで駆け込んだ
アジア人を見て他の国の人々がどう思ったか、なんてことは
あまり想像したいことでは、なかったりして。

Paris - Rue du Louvre.jpg

posted by iNut at 22:04| バンクーバー ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 西方project | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
さんぽーるは「めがっさ」という言葉を覚えた。

最後の写真めがっさ綺麗やな!
Posted by 3-pole at 2008年02月15日 23:09
>megassa-nyoron
ありそうで困る(スモークチーズの召喚的な意味で)

最後の一枚は一区のルーブル通りですね。
携帯電話のカメラだからクオリティヒクス…
Posted by りー at 2008年02月15日 23:27
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Excerpt: クロワッサンクロワッサン(フランス語|仏語 Croissant)は、フランス語で三日月を意味するが、三日月形に作るフランスのパンの名として良く知られている。バターを多く使っており、サクサクした食感と甘..
Weblog: 世界の食文化
Tracked: 2008-02-16 04:35