2008年04月08日

西方異国録 〜 Tradition and Innovation.

九月ももう終わろうかというこの時期になるとロンドンの夜は寒い。
吐く息も白く、シャツの上にパーカーという薄着の俺は首をすくめ
身体を縮めていたが、隣のドイツ人は気にした風もなく言う。

「確かにそういった問題もある。でも、もうお互いの国同士で
 人も物も行き来して、ミックスされてしまっているから」

煙草の煙をふっと吹き出すと、彼は続けてこう言った。

「俺達若い世代にはもう、意味の無い話なのさ」



ジャズのミニ・コンサートを拝聴した後、サウスバンクをふらふらと
歩いて(アルコールで火照った顔に夜風がとても気持ちよかったからだ)、
しかる後に宿へと戻った。無人のドミトリーで一人、フランスから
持ち込んだパンを食べていると一人の白人の青年が部屋に入って来た。

やあ、と声をかけるとその青年はまじまじとこちらを見つめた。
「日本人か?」と聞くのでそうだと答える。イギリスではそんなに
珍しくもないだろう。すると彼はこう言う。
「そうか、このホステルで日本人に会うのはお前で四人目だよ」
そう言って、ヨーロッパで出来た俺の最後の友人は笑った。

一通り情報交換をすると、彼はしきりに俺の故郷について聞きたがった。
「ここに来た日本人を捕まえて日本語を教えてもらっているんだ」
そう言いながら彼が広げたノートには筆順のバラバラなひらがなや
カタカナが並んでいた。しかし熱心に練習した跡もあるし、なかなか
真面目な生徒のようだ。それまで教わった日本語を復習がてら
読み上げる彼に、俺も新たな日本語をいくつか教えて差し上げる。
嬉々としてノートに書き込む彼。その熱意に反して俺の英語が
貧相でごめんよ、と言うと問題ないさ!と彼。そうしてしばらく
俺の下手糞な英語での日本語の授業が続いた。

「いや、お前は最高の教師だな!かなり日本語が分かってきた!」
俺の力量というよりはお前のやる気の問題だと思う。それと同時に
学習において重要なのは教育の質よりも生徒のモチベーションという
真理にぶち当たってしまい軽く自己嫌悪、高校の教官全員に心の中で
謝罪。あなた達の所為ではありません悪いのは俺でした。

飲みにいかないか、と誘われたのは日本語教育もかなり進んだ頃合いで、
俺も喜んで賛成。近くのバーまでの道すがら、二人して下らない冗句で
ケラケラ笑いながら夜のロンドンの街を歩いた。

ロンドンで仕事を探しているという彼が就職先の候補に上げている、
というお洒落なバーで色々と喋りながらビールを飲む。お互いの
身の上話をしたり、日本語教室を再開したり、ドイツ語を教わったり、
突然一気飲み対決をしたり(当然惨敗した)(「いや、お前はやる方だぜ」)。
夜も更け、バーを出て宿に戻る。二人とも夜の挨拶を交わした直後に
ベッドに倒れ込んだのだった。

* * *

翌朝、ドイツ人の彼ー名前をBastianというのだが、と朝食を食べながら
一日のお互いの予定を話し合い、また昼過ぎに合流しようということに。
俺は朝のロンドン散歩とばかりに、Victoria駅を目指した。

川沿いを歩くと、朝日が水面に反射してとても清々しい朝だった。
霧の街と聞いてやって来たのにここまで晴天が続くとは、いやはや
自分の晴れ男っぷりが恐ろしい。そんなことを考えながら、駅の
高速バスのオフィスで翌日早朝に空港へ向かうバスを予約した。
…もう帰らなければならないんだな。

London - Little Ben.jpg
こちらはVictoria station前のLittle Ben。イギリスらしいジョークだ

駅を出てから次に向かったのはロンドン北、Camden Townへ。
というのも「Camdenは絶対行って!すっごく楽しいから!」
とロンドンっ子たる友人Hinaに勧められたからで、どんな街なのかは
よく分からないのだが。北に行くなら、ということで再びピカデリー
サーカスを抜けて大英博物館へ寄ることにした。

ルーブルに比べれば流石に規模の面では見劣りがしたのは否めない。
けれど、展示物や最近改築されたGreat Courtは最高に格好良く、
十分に楽しめた。生ミイラとかも見ることが出来て、オカルト好きな
俺は大興奮。ロゼッタストーンも見たぜ。流石に読めなかったが。

London - B.M. Great Coat #01.jpg
British Museum Great Court

さらに博物館を出た後、隣接しているロンドン大学へも寄ってみた。
かのColdplayの四人が通っていた大学である。むやみに建物に入って
トラブルになっても面倒なのでうろちょろと見物してから退散。
単なるビビリとも言う。しかし大学生のゲラゲラ笑いは万国共通だな。
きっとあれは下ネタだ。

London - UCL #01.jpg
UCL潜入記念。

ロンドン大学を出る頃には少し空が曇りはじめ、何やら雨が降りそうな
空気になったが、構わず俺はそのままCamden townへと歩き続けた。

実際のところ、常識的に考えて歩く距離ではなかったのだろう。宿に戻り
BastianにCamdenへ歩いて行った旨を話すと"U F*kin Crazy!!"と呆れられた。
それは俺が帰り道迷いに迷った挙句、雨に降られてびしょ濡れで帰って
来たから、というのもあったのかもしれないけれど。

London - Camden Town.jpg
Camden Town. 神戸元町の高架下みたいな雰囲気

Camdenは実際楽しい街だった。どことなく、確かにイギリスらしい、
というと変な話だが、そんな空気を感じ取れる陽気さに溢れていた。
パンクな格好をしたモヒカン兄ちゃんやハードロッカーなガチムチ兄貴、
プレッピーなオールドイングランド兄ちゃんと街の人々も多彩な顔ぶれ。
露天には中国人の出す飲食店が並び、"ジャケットを脱いだイギリス"
という印象を受けた。リアル・イングランド。街の裏を覗いてみると、
未来のベッカムやジェラードが、ボールを蹴って歓声を上げていた。

* * *

「何でお前はヨーロッパに来たんだ?ただの観光か?」

その夜、宿に戻った後、次の日が早い俺に気遣ってか、バーに行かず
ホステルの食堂で飲もうと誘ってくれたBastianと共に話していると
彼は俺に旅の目的を聞いてきた。彼は何気なく聞いたのかもしれないが、
それは俺が旅の間にずっと考えていたことで、そしてほんの数時間前に
答えが出たことだった。

ロンドンの路地裏でボールを蹴る少年達。イタリアの路地裏でチェスに
興じる老人集団、フランスの小さなパン屋さん、スペインの街を駆け回る
学生達、スイスでサンドイッチを頬張る兄ちゃん。
日本のメディアが僕らに見せていた着飾ったヨーロッパではなく、
そういう何気ない日常が見たくて、俺はここに来たのだ。
旅の最初からずっと思っていたことだけど、ちゃんと言葉にして言えば
そういうことだった訳で。観光ではない、その土地で生きる人々の
生活の中に少しだけ混ぜて欲しかった。ただ、それだけ。

"I just want to see how people live in EU, that's all."

彼も理解してくれたのか、国によって本当に生活は違うし、科学技術の
水準が同じでも日本とヨーロッパじゃ生活も全く違うだろうな、と言う。
イギリスとドイツでも全然違う、日本なんて想像もつかない、と。

俺はもう一つ旅の間に考えていたことを、逆に今度は彼に聞いてみた。
日本がアジアでもかなり特殊な国で、それによって周りの国と良い関係を
持つことに苦労している、と。先の大戦で日本と同じ立場だったドイツでは
どんな考え方を持って隣国と接しているのか?

そんな俺の突っ込んだ質問にも彼は真剣に返してくれた。曰く、
確かにユダヤ人でドイツ人を未だに恨む人もいるし、逆にドイツの
年配の、戦争の世代の人々にはユダヤ人を忌むべきものとする人も
少なくないらしい。でも戦争が終わって60年、その間にお互いの国、
さらには第三国からも人が入ってきて文化も随分変わったから、
もうそんなことを言っていても仕方が無い、と。
「ホロコーストの否定は憲法違反だし、そういった問題は確かに
 ある。でも、若い俺達の世代には、意味が無いんだよ」

***

翌朝、彼に別れを告げてから(「次に会う時は日本語で話してやるよ」)、
フロントの爺さんに礼を言って宿を出た。まだ陽も昇らず暗い中、
St. Paul's Cathedralが来た時と変わらずライトアップされている。
しかし聖堂の前に立った俺の目には別の、もっと沢山の風景が、
もっと沢山の人の姿が見えていた。

「じゃ、一時帰国ってことで」

俺はそう呟いて、地下鉄に乗った。



posted by iNut at 01:20| バンクーバー ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 西方project | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おおー久々の更新がががが!!

毎回西方記を見るたんびにりーさんSUGEEEE状態ですw
その縦への突破力ちょっとわけてくだしあ><

そういえば今年度からいよいよ就活ですかね?
がんばってくださいね!
Posted by るぃ at 2008年04月08日 15:13
>るぃ嬢
更新途絶えて申し訳ないです><
twitterとtumblrにかまけていたもので…

これからはこっちももうちょっとアクティブに
行ければと思いますですよ。

就活はやってないです。進学ですねー。
その辺もまた改めて近況報告するですよw
Posted by りー at 2008年04月08日 16:49
ミクシの最新日記のとこにお前の記事が多すぎるwww

twitterてパソコン専用なん??
Posted by 3-pole at 2008年04月13日 23:17
>占拠
仕様です。

twitterに関してはご自分でお調べになった方が
早いかと思われます。というかユーザを選ぶと
思うので。
Posted by りー at 2008年04月16日 16:09
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